8月11日
仲良しで大切なママ友が急死しました。
娘が小学校に入学してから
かれこれ14年目の時を重ねてきたママ友。
実は2年前の3月
娘たちが高2の修学旅行の時、
長崎✈️黒子の旅をお供したのが
本当に楽しくて。
その楽しかった記録をブログにも
書きたいな、書こう!と思いつつ
娘が高3になって受験に突入してから
進学、引越し、わたし自身も新たな生活と
ブログそのものを書けないドタバタ期に突入して。
あー、せっかくの
ハラハラ、ドキドキの楽しかった旅
Facebookにしか書かなかったなぁと
悔やんだままにしていました。
そのうち、そのうちって
自分の時間の使い方にもモヤモヤしつつも
やりたいことを
行動にうつせてないことが
いっぱいあるままだった自分に
喝を入れられた、そんな8月でした。
私自身が今世をどう全うするか。
持てる能力を
もったいぶらずにどう使いきるか。
やっちゃえ!やっちゃえ!
って突き動かしてくれた
✨ママ友の生き様✨
と
💛受け止めた私💛を
ちゃんと記しておきたいと思います😊
訃報が届いたのは
亡くなった日の夜。
亡くなる2日前の夜まで、
普通にLINEで連絡を取っていたので、
んんん?
何?ナニ?と理解が追いつかず。
電話をくれたママ友が口にした名前が
他の人と聞き違えかな?
と思ったくらい。
訃報を連絡してくれたママ友も
見えない話ができるから
ねぇ、今さ、
亡くなったことに気付いてないよね?
って話した。
緊急オペのあと
目覚めるつもりたったんだよねぇ。
オペに耐えるのにちょっと疲れちゃって
ちょっとだけ眠ったつもりだったんだねぇ。
というのがわかる漂い方してた。
翌日になって
『あれ?私、起きれないじゃん!!!』
って、
ようやく亡くなったことに気付いたね。
めっちゃオロオロして
我が子のところ、パパのところ
あっちのママ友、こっちのママ友
私のところに、親戚のところ
右往左往してるのが分かった。
「もー、最期まで
せっかちで、早とちりで
オロオロさんなんだからー。」
「夢に向かって浪人頑張ってる双子の
桜を見ずして逝っちゃダメじゃん!」
「5ヶ月後の二十歳を祝う会
どうすんのよぉ!」
「ようやく子育てひと段落するのは
これからじゃん!」
同じ年齢の娘の母として
残された子どもたちのことを思うと
胸が張り裂けそうだった。
思い返せば、
『私、結構、年上よん❤︎』
彼女が時々口にしていた言葉。
私にとって年齢は全然関係なくて。
一緒に居て楽しいかどうか
笑っていられるかどうか
それしか意識がないんだけど。
『あさみさん、さすがの体力ねぇ。』
とか
あぶらとり紙をお土産にしたら
『そのうちわかるわよ。あぶら出なくなるから』
とか(笑)
言われては、
「えーナニそれー」って返してた。
実は、
ひと回り以上お姉さんだと知ったのは、
亡くなる2ヶ月前のこと。
たまたま、
マヤ暦の話で盛り上がって、
生年月日でわかるよ♪
って教えてもらおうとしたら
『最近、双子にも実年齢バレたから、
本当の生年月日教えちゃう。』
って話し出したのが、
19年双子に誤魔化してたハナシと
バレた時のシチュエーション。
それはそれは面白おかしく
説明してくれたんだけど😂
いや、その年齢で、
しかも、超華奢な体で、
双子が『母は体力なくて』『体が弱いんで』
と表現する体で、
仕事が忙しいパパは頼らず完全ワンオペ。
車椅子生活の娘の車での送迎は、
学校、習い事すべて。
あの黒子の旅を12年間。
PTAでは大活躍。
習い事関係の理事役員まで引き受けていた?
さらに、ここ2年くらいは、
親御さんの介護負担も増えていて。
もう、どれだけ抱えてるの?
ってくらいやってることに
衝撃だったのよね。
だから、つい思ってしまったの。
身を粉にして家族のために走り回った結果
まだまだこれからの娘たちを残して
死んじゃったらダメじゃん。
と。
はじめはそう思ったし、
右往左往して彷徨ってる彼女にも
そう話しかけてた。
でもね
お別れから2週間ほど経った時、
双子ちゃんから
振袖の前撮りの家族写真を見せてもらって
あれ?違うじゃん!
と思ったの。
14年間、共に過ごしてきた中で
こんなに穏やかで、
幸せそうに微笑む彼女を見たのは初めてだった。
二十歳の美しい輝きに満ちた双子ちゃん、
嬉しそうなパパ(学校行事でも滅多に
お目にかかれなかった多忙レアキャラのパパ)、
その横で少し肩をすぼませて立っている彼女は、
喜びと幸せのオーラに包まれてた。
充ちて満ちたエネルギーだった。
そして、
その瞬間、
超かっこいい‼️
ファンキーじゃん‼️
そう感じた。
自分がやりたくて、
色んな人と関わっていたくて、
ぜーんぶやってたんだよね✨✨
京都に娘を送り出した私に何度も
自分はまだ無理だわぁって言ってたよね。
“自分がやりたい”から
卒業後も送迎とお弁当を続けてたんだよね。
自分の体の中に抱えてる爆弾を
知らなかったのも良かったのかもね。
知らなかったからこそ
命の終わりを考えずに
やりたいだけやれたのかもしれない。
愛を届けるだけ届けて
あちらへこちらへ
止まる事なく走り続けた。
亡くなったことで見えた
ママ友の交友関係も。
はぁーん、ほほーん
そっか、そっかぁ。
ホントに、根っから
みんなと繋がっていたかったんだね♡
つい、母の目線で
心配してしまった双子も
もう、幼かったあの頃とは違う。
寂しさで胸が張り裂けそうだと思うけれど
彼女が溢れんばかりの愛情をかけて育てた2人は
立派過ぎるほどに大人な行動だった。
生きている私たちは
これからも
ただ、強く、しなやかに
自分の人生を謳歌していくのみ!
私たちは生きている。
自分が今世成し遂げたいことができる。
やっていこ!
時間を使いきろ!
誰のものでもない
唯一無二の自分の命を光らせて
今世やること。
私は、
愛のままにわがままな姫が
人生カーニバルする仲間を増やしていくよ❣️
人生謳歌の達人
ファンキーなママ友と過ごした
14年間は私の誇り✨✨
長崎✈️黒子の旅
一緒に行かれて楽しかったよ♡
心からのありがとう。
そして、そして
愛のままに、わがままに
言わせてもらうよ!
ランチ行く約束どうすんの!
来年度から新しく何を始める?って
話してるところだったじゃん!
めちゃくちゃ寂しいじゃーん💔
プンスカプンプン(⁎⁍̴̆Ɛ⁍̴̆⁎)


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